足利学校、そこは日本最古の学び舎。歴史を作ってきた先人達は何を思い、何を成したのか…今となっては分からないが結局の所『恋バナ』が話題に花を咲かせていた事には現代と変わらない愛おしさを感じる。。

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戦国甲冑

ふわっとした、うんちく…いきます。。

 

足利学校とは、栃木県足利市に存在した平安時代初期もしくは鎌倉時代に創設されたと伝えられる教育機関である。

(平安時代794~1185年・鎌倉時代1183~1333年と考えられている)

室町時代から戦国時代にかけて関東における事実上の最高学府であった。

(室町時代1336~1573年・戦国時代1457~1590年という見方が強いが定かではない。てかまだ分からない。)

教員は禅僧などの僧侶が行い教えていたものの、教育内容は仏教色を排しているところに特徴があるんだってさ。

仏教はあくまで宗教、まなぶは勉学、この時代に割り切って勉強するってなんか凄いね!

自分に信念をもって勉学に勤しんでいたんだろうなあ。

 

 

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足利学校、入り口と廊下

 

でも、こんな立派な人達であっても、

新年を向かえた、お正月明けは

 

「休みよかったなー、今日から学校かよ…だりぃなぁ…。」

とか

 

「今日一日だけ休んじゃおうかな」

思っていたであろうし

 

学費無料で入学でき、食事つきな上、

最終的に戦国武将に仕官できる訳なので

「とりあえず入っておくかー」

なんて滑り止め受験みたいな考えの不届き者も居たに違いない。

 

結局の所、考えることは現代社会とたいして変わらないのだと思う。

 

 

ましてや『恋バナ』は今も昔も変わらない、普遍のテーマの一つだ。

 

この時代、女性が強く※巴御前など※女の武将で女将(オカミ)と呼ばれるほど

権威を持っており、

逆に男児はそろって草食系だったようで

自ら女性に声をかけることはなかった。

なので40歳すぎて未婚とか、普通にいたらしい。

 

そんな中、

将来有望な戦国武将

宇都宮茂綱や佐野昌綱が

もし足利学校内で紫式部清少納言の小説を読んだらどうなるか…

思春期まっさかりな頃だ!

きっと妄想が大爆発する!!

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 茂綱「源氏物語読んだ?」

 昌綱「読んだ、読んだ!…やばくない?女将はセオリーリュクス(十二単)着てるんでしょ!?カッコイイ…。」

 茂綱「女将様がランボルギーニ(牛車)で迎えに来て、車内で押し倒されてそのまま昇天とか…されてみたいわあ~」

 昌綱「俺、乗るならフェラーリ(馬車)がいいなあ」

とかいって

思春期特有の妄想EROパワーを最大限に発揮していた事であろう。

元気だねっ☆

 

…文学も読み書きも、この様な恋バナと妄想と一握りのEROから生まれ

現代まで形を変えながら進化し、脈々と受け継がれてきたんだなと思うと

深い感慨を覚えると共に

足利学校を訪問して、こんなくだらない妄想をしてしまった私は関係者様に怒られないか、とビクビクしつつも思いをネットの海に送信せざろうえない自分の好奇心を嘆くのでした。

 

皆様、休み明けで体が辛いかとは思いますが、今日耐えきればまた土日が待っています!今日もあと少しです、お疲れ様ですっ!光。